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猫の思い出

犬が出てきたところで思い出すのは、鍼灸学校の時に飼っていたトラ猫です。

鍼灸学校に通っていた頃、実技の先生が『寝ている猫を起こさないようなハリの刺入技術を覚えなさい、それを会得出来たら一人前かも』と言っていました。

寝ている猫の目を覚まさない刺鍼技術・・・。
まず猫がいないと始まらない訳ですが・・・。

たまたまある夏の夕暮れ時、中野のアパートで夕食にサンマを焼いていました。
夏ですし、窓は全開に開けて焼いていたわけです。

窓のすぐ外には隣家の塀があって、ちょうどそれが窓の高さでした。塀の上ぎりぎりには隣家の隙間から見事な夕焼けが見えます。

そんな夕暮れ、夕焼けを背にして猫が一匹塀の上を歩き、我がアパートの窓の前で立ち止まったのでした。
サンマを焼く煙に惹かれ、やってきたのでしょう。

その日からそのトラ猫を私は大家に内緒でアパートで飼うことにしました。

学校に行っている昼間は、少しだけ開けておいた窓からその猫は自由に出入りし、猫との同棲生活が始まりました。

寝ている猫を起こさないようなハリの刺入技術を覚えなさい、それを会得出来たら一人前かも』・・・ある日、この言葉を思い出します。

ハリなんかいくら痛くてもタカが知れているし、それじゃあこの猫を練習台にして刺鍼の練習でもするか・・・。
となりました。

ちょうど良い具合に、満腹で背を丸めて猫は寝ています。ステンレス製のハリを、鍼管を使って弾入し、刺入します。

1本、2本、・・・5本、8本・・・、猫は寝たままです。
もしかして自分は天才か?

9本か10本目の刺入で、ニャオーっと急に目を覚ました猫は、いつも開いている窓からハリを刺入したまま逃げだし、夏の闇に消えていったのでした。

矢鴨とかちょっと前に騒いでいましたが、鍼灸治療のハリを何本も背負ったままの猫が発見されたら、ちょっとまずいことになります。

その猫のことを忘れ、10日くらい経ったある日のことです。だいぶ短くなった夕暮れを感じながら、たしかスルメなんか焼いていたと覚えています。

スルメを焼く煙は、猫には悩ましすぎたことでしょう。窓からのぞくだけで、アパートに入ろうとはしません。それでも手を伸ばせばいやがることなく、その猫は私に抱かれます。

ハリは一本もありませんでした。おそらく動いていて抜けたのでしょう。

それからまたしばらく猫を飼ったのですが、年を越したある冬の夕方からいなくなってしまいました。

今思えば動物虐待にあたるかも知れませんが、そんな猫との共同生活の思い出です。