個別表示

不妊症の患者さんたち(6) 心に残る患者さん その(1)

一口に不妊と言っても、原因の半分は男性側にあるようですし、女性側の原因ではあっても実に様々な原因があるようです。
ざっと上げても、頚菅粘膜由来のものや、卵巣・卵胞・卵子・卵管の異常、また子宮の発育具合や内膜症・筋腫の有無、子宮内膜の厚さの問題(薄くても厚過ぎても良くないらしいです)などなど。

一般的な産婦人科では、基礎体温表(BBT)のほかに採血してのホルモン検査や、画像診断、また卵管などへの通気や注水検査、場合によっては腹腔鏡などを用いて、可能な限り不妊の原因を調べ、その上で効果的な治療を選択するのが普通です。

当院に不妊症に患者さんがいらっしゃれば、まず、患者さんが基礎体温表(BBT)を持参していらっしゃれば、それを確認します。たとえばBBTから排卵が正常にあるのかどうかを推定し、また排卵後の黄体期の期間の長さ、体温の上昇具合、そこから体温が下降し生理に入り、卵胞期の期間の長さ、体温の状態などを見て患者さんの状態を把握します。(まだまだ浅学なので把握する努力、と言う感じでしょうか)

前にも書きましたが、先代(父)は脈診で熱や寒の状態を診て治療を行い、良い成績を上げていました。
それを見ていた私も、不妊治療を行うようになったはじめの頃は、分かっても分からなくてもとにかく脈を診ることを怠らないようにしていました。

もうすでに今では4年も前のことになりますが、木枯らしの吹き始める晩秋の夕方、ある30代後半の女性が治療に来られました。

主訴は不妊症とのことだったのですが、不妊歴は8年で、産婦人科での治療は1年くらい。デリケートな年齢から冷えや肩こりなど、苦痛が体のあちこちにあって、不妊と言うよりはその治療を希望しての来院でした。

ご主人の転勤で関西から一緒に白河に来られたその方は、休職してはいましたが医療職と言うこともあってか、話し方もはっきりしている知的な女性でした。

治療はおおむね週に一回行いました。
体を拝見すると、不妊になるような大きな原因はなかったように覚えています。ただやはりホルモン治療などによって体に一時的な疲弊状態が起こり、そのために前からあった冷えや肩こりが辛くなっているようでした。
その頃の治療ではBBTを確認することはなかったので、とにかく脈を診て寒や熱の状態を平均化し、下半身、特にへその下と足に温たかみが出るような治療を行いました。

治療の効果は数回で現れ始め、肩こりや冷えなどが次第に改善し始めました。
患者さんも子供が出来なかった事への不平や不満などは全く言わず、『今日は治療が終わったら主人と仙台まで映画を見に行くんです』とか、『連休は猪苗代方面で温泉三昧してきました』などを明るく話す、そんな天真爛漫な方であった印象が強く残っています。

裏を返せば、結婚して8年も子宝に恵まれなかった、あきらめの心境がそう振る舞わせていたのかも知れません。

ご主人が出張で海外に出かけるようになり、この女性も関西の実家に帰ることが多くなりました。そして帰省中に不妊治療で有名な京都の治療院で治療を受けてきたとか、体が温まる効果があるという、ヨモギで作った腹巻き(ヨモギを仕込んだ?腹巻き)を治療の時に見せ、『先生〜これ効きますよ〜 冷え性の人にすすめてあげてください』など話したことも良く覚えています。

『実は自分で三陰交(ツボの名)にお灸をはじめたのですが、ここの場所でいいんでしょうか?』

治療をはじめて間もない頃に戻りますが、自分でお灸をはじめられたことも思い出します。
しかし不妊の直接の治療と言うよりも、バランスを失った体の状態を少しでも改善したい、というような意図の方を強く感じました。

やがて年が明け、春が過ぎます。

長く辛い冬が去り、輝くような新緑の季節がやってきたかのように『先生、妊娠しました♪』というまさかの報告があり、驚くやら嬉しいやら。助手の添田さんともども小躍りして喜んだものでした。

    つづく