福島県白河市の鍼灸院、日常の鍼灸治療の診療日記や、学会参加記、趣味の日記
この患者さんを当院へ連れてきたのは、嫁いだ先のお姑さんでした。お姑さんがお嫁さんを不妊治療のために連れて来るというのも、いろいろ考えさせられる事だと思います。
このお姑さんは、約半年前から当院に肩こりや車酔いが辛くて治療に通っていて、当院で不妊治療している患者さんがいることを知って、私に相談したのでした。
『あらゆる治療をしても、最高の治療をしても、かする事すらしない、気の毒な息子夫婦なのです。何とかならないでしょうか?』と、涙目で訊かれたのを今でも思い出します。
『原因らしい原因はなく、息子も調べてもらったのですが、異常がなくて・・・』と、お姑さんは言います。
このお姑さんは元看護師で、聞けば、3回の体外受精の際、黄体補充の注射を毎日自宅でお嫁さんに打っていてあげたそうなのです。
『夫側に問題がなければ、即、奥さん側に問題がある、と言うようなものではないのですよ・・・』と話し、幾度かお姑さんが来院するたび、詳しくお話しを伺う機会を持ちました。
お話を何度か伺っていると、子供を授からない息子夫婦、と言うよりは、辛い気配を一切見せないお嫁さんに対して『かわいそうで・・・』と言葉の端に感じられることがありました。
このときで結婚後10年以上経っていて、人工授精は3回。体外受精、しかも顕微授精での胚移植が3回という事でした。
年齢こそ34歳でしたが、
・一定期間治療してみて、体調の改善などがあっても妊娠しない場合は、再度また病院で治療して頂く
・病院での治療再開を念頭において年齢を考慮し、限られた期間で中断なく通院して頂く
このことを条件にして、このお姑さんを通じて来院を誘って頂くことにしました。
お姑さんにしても、この話を切り出すことは大変勇気がいったことでしょう。
そして治療がはじまりました。
患者さんは、
・年齢34歳 不妊歴11年 妊娠歴なし
・タイミング、排卵誘発、人工授精3回、体外受精3回
・上記不妊治療中に、子宮内膜症の内視鏡による剥離手術
・当院来院時は、病院での治療は中止中(ほぼ断念)
というものでした。
基礎体温を確認すると、不安定ながらも二層になっているときと、無排卵時期が長かったり、そのときは低温層が長い、などの異常がありました。
周期自体も60日を超えるような周期もあり、『もともと正常な周期だったが、様々な治療をしたせいか、このような周期になった』とのことでした。
月経と前後して、頭痛や体調不良により数日寝込んだりという状態もあるようです。
患者さんのお体も拝見し、
・不順になった周期を正常にして、
・月経前後の体調を改善し、
・それでも一定期間妊娠しなかった場合は、病院での治療をもう一度考えること
以上をお話しして治療をはじめたのでした。
治療開始は、今現在(H21/11/25)から遡るともう3年近く前のことになるのですから、今もそうですが、当時の私の不妊治療の知識はもっと浅かったことと反省しています。
今であればすぐに注意して診る『頚管粘液』の異常を治療していてやっと気が付いたのでした。
この患者さんの場合、異常に長い低温期の場合、頚管粘液と思われる帯下がやはり異常に長く、時に途切れながらも続くようなのです。
これは卵胞が成熟していても排卵を促すシステムが狂っていることを表しているのかも知れない・・・と気づくのが治療開始後約半年かかってから。
この間、肩こりや頭痛と言った『血の道』に関する症状は徐々に軽快していき、時折来院するお姑さんからも『うちの嫁さん、だんだん元気になってきたと息子が喜んでいますよ、前は生理の時など良く寝込んでいたそうなんです』と話してくれたのも思い出します。
足の内側にある足の太陰脾経という経絡には、ゆるやかに排卵を促すようなツボが多くあります。また冷えを改善するツボもあるので、こういったところを良く狙って治療を続けました。
うだるような暑い日も、凍えるような寒い日も、この患者さんは週に一回は必ず治療に来ました。
そしてだんだんと長かった周期が短く、だいたい30日前後で揃ってきました。
また頚管粘液と思われる帯下の分泌も、途切れることなく限られた時期でみられるようになってきました。
ここまでで治療は1年半かかりました。
とても子供が好きで、義弟の2人の女児に大変好かれているとのこと。泊まりに来るとその女児を間に挟んで夫婦で川の字になって(4人になるから1本多いのですが)寝ているんだとか・・・
そんなに子供が好きで、子供にも好かれる嫁なんです。
無神経にも嫁の気持ちも考えず『子供が出来るからって聞いたから』と連れてきてしまいました。それでも素直に治療に来てくれた世界一自慢の嫁なんです。先生なんとか1人だけでいいから授かれるようにしてあげてください。
そんな風にお姑さんに涙目で頼まれた事もありました。
排卵の時期がある程度絞られ、体調も良い。
途中で元々の胃腸の弱さから体調を崩したこともありましたが、そろそろ自然に出来るようがんばって、それでも難しい場合は、やはり病院へ・・・と患者には告げました。
周期が良くなり、体調も良くなった、もし自然妊娠しなくても、今度病院で治療を受ければ、前とは違う結果になるはず・・・と、希望を持てることをお話ししました。
そして、市販の排卵チェッカーを使って排卵日を特定してタイミングを取って頂くようにしました。
このときは性交渉の日まで話しが及ぶセクハラまがいの
診察にも、この患者さんはいやな顔一つせず笑顔で何でも話を聞き、答えてくれていました。
タイミングに賭けて約1年。
どうしても妊娠しません。
年齢も36歳をとうに過ぎ、これ以上自然妊娠の幻想を持たせて鍼灸だけで治療を行う疑問を私自身が持ち始めました。
不妊治療には賞味期限と消費期限のようなものがあります。妊娠は出来ても、十分な確率で安全に出産して頂くことを考えると・・・
また常識的に考えて、体外受精まで進んだ患者が自然妊娠だけを目指すのはやはりナンセンスでは・・・?と考えたのです。
手段はどうでも、無事妊娠して、子供を産んで頂くことが目的なのですから、そのことを最優先しなければなりません。
そのことをふまえて、まず患者さんに、そしてお姑さんにお話しして、以前治療していたところではなく、通院にも少々近くなる大学病院に行ってはどうか、と、受診をすすめました。
前に治療を受けていた病院から、カルテや資料を一式受け取って、また当院からも簡単ですが今までの経過を書いた紹介状を持たせて、21年の7月の初めにまた病院での治療が再開されました。
この大学病院の不妊治療専門施設での検査や、治療中も当院での鍼灸治療を続けていきました。
2年半にわたって治療をしながら、結局妊娠できなかった事を、患者やお姑さんは決して責めず、しかし私の心の中には少なからず申し訳なかったと思う気持ちがありました。
ただ、今は2年半前よりはずっと状態は良くなっているのだから、今後受けるだろう治療がきっと実ってくれるはず・・・と、患者ともども期待していました。
そしてH21年9月2日、鍼灸治療に来院した患者のBBTを診ると、黄体期が長く続いたままになっていたのに気が付きました。
治療後に、現在妊娠している可能性があること、妊娠していなくても、がっかりしないこと、とよく話し、市販の検査試薬による尿検査をして頂きました。
結果、転院してまだ検査中で、なんの治療もしていないながらも妊娠反応が陽性で、その後周期50日目(D50)で大学病院で診察して心拍確認ができ、妊娠が確定されました。
不妊歴11年で人工授精が3回、体外受精が3回。
当院を治療をはじめ、2年半で妊娠。
合計13年半で初めて妊娠され、それが自然妊娠だったのです。
子宮卵管造影検査によって、卵管の通りを良くなって妊娠するケースはたまに聞きますが、それだけが原因であればこの患者さんはずっと昔に妊娠されているはずです。
根気強く鍼灸治療をつづけ、明らかな原因はなかったけど妊孕力(にんようりょく)が高まり、妊娠されたのでしょう。
現在まで、心拍が確認されたD50までは以前同様週に一回、それ以降安定期入り口と言われる20週までは2週に一回の治療を行っています。
今月30日に来院される予定になっていますが、そこでほぼ18週となります。
妊娠11週時に、少量の出血があって心配もしましたが、つわりの時期もだいたい過ぎ、順調に経過しています。
ご出産は来年5月とのことで、戌の日のお参りは棚倉町の八槻神社をおすすめしました。
神主さん一家は古くからの当院とお付き合いがあるため、特別に強力にお払いをしてくれるそうです。
また戌のお守りは特に可愛いものを用意してくださるそうです。
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だいたい良いことばかりしか書かないこの日記ですが、このような難治な不妊患者さんの吉報は、ほかの患者さんの福音になると思っています。
この患者さんにはご無理を言って掲載を承諾して頂きました。本当に感謝しています。
一般には、マグレだ、奇跡だと思われる症例です。
しかしほかにもこの様な症例が実に多くあるのです。
不妊治療を専門としていないたかだか鍼灸院で、そんなに多くの奇跡が起こるはずはありません。
鍼灸は間違いなく不妊症にたいして効果があると実感しています。
今年は少なからず妊娠された方のうち、2名がPCOS(多嚢胞性卵巣症候群)で、うち一名は自然妊娠でした。
この方は現在妊娠10週目を過ぎたところですが、安定期に入られたら、と言う条件でこの日記への掲載を承諾して頂いています。
安定期まであと数回の治療を続けたいと思っています。